たとえば4月、真夜中に。

feelin blue & tie with 'goodnight my darling'

おかえりなさいのキスと小さな嘘

最近キスをするのが怖い。特におかえりなさいのキス。行ってらっしゃいも、引きずられるようにできなくなる。

 

きっかけは些細なことで、小さな嘘。

 

おかえりなさいとキスをしたら、軽くアルコールの匂いがした。飲んできたのなら正直に言ってくれたらそれ以上追及なんてしないのに、飲んでないと言われてしまう。ケンカなんかそんなことでしたくない。

 

あ、そっか。ごめんなさい。これで済ませるのが一番だ。余計なことを言うとろくなことがない。ケンカになるならまだしも空気がきしみ始めたらどうしたらいいんだろうと思うと、それ以上は何も言えない。

 

時々思う。私が昼間に外でいつもよりきれいに化粧をして誰かと会ったとして、その過ぎた時間から持ち帰った雰囲気に気が付いてもらえることなんかあのだろうか。

 

過去に、私しか知らない時間を過ごしたことのある誰かに、嫉妬をしてもらえることなどあるのだろうか。

 

例えば今日、新しいスキンケア用品をそろえて、イプサの一式を使って帰りを待っているけれど男の人が私の肌に指を軽く触れたところでそれに気が付いてくれるとも思わない。

 

おかえりなさいのキスをするのが怖い。誰と飲んでいたんだろう。飲んでいないとまで嘘をついて、何を話していたんだろう。

 

嫉妬と猜疑心、似て非なるもの。グッチのエンヴィは嫉妬という名を冠した香水で、昔私は大好きだった。でも猜疑心という名前の香水はまだ目にしたことがない。

 

赤いネイルを塗りながら、そんなことを考えて乾かしていた時、こういうことを考えるときよく赤いネイルを選んでいることに気が付いた。パラドゥの赤いネイルはリボンのパッケージで小さな愛らしいデザインだけれど、赤いネイルを使う時はいつも心の中で血が爪の色を染めている。

 

 

映画で、ロリータの足にペディキュアを塗っているシーンがあったけれど、自分が男ならば女の足に赤いマニキュアを塗って猜疑心と嫉妬で束縛できるのに。

name & me

name & me

name : 比米子(ひめこ)

me : 戸籍名が比米子。





陰陽師で名前は一番短い呪詛だというセリフがあって、最近おやすみを言われるたびに思い出す。ずっと自分の名前が嫌いだった。



「比べる米の子」



説明もしたくなかったと思えないくらい呪われていた。自分の名前に縛り付けられていた。

名前は呪詛だ。人を縛り付ける。「比べる米の子」、あまんじて受け入れるか、あくまでも「ひめこ」でいることを選ぶか。

一度は家裁で改名の手続きをすることも視野にいれたけれど、止めた人がいた。




「漢字なんて人が作った記号でしかない」




声に出された私の名前は、空気を裂いた音にしかならないことを忘れていた。言葉は音で心の中を鳴らしているだけなのに、私はいつも自分の名前に込めた願いを忘れて自分を縛り付けていた。

喜ばしい日に私を祝福した祝詞が私を縛り続け、突然その呪詛が祝詞に変わる。



きっと一人に戻るとまた、声を失った漢字の欠けた私の一部は呪詛になる。